新工場は流れの仕事ではなく、「職人制」という、1組の職人が1足あたり決まった工賃で仕上げる仕組み。
つまり、どの靴を誰に出すかを決めるのが私の仕事だ。
さらにその工賃の管理も私の仕事だ。
そしてその上がり具合を管理するのも私の仕事だ。
そして・・・上がりに問題がある靴を、職人に作り直させるのも私の仕事だ。
これが最も大変な仕事だったが、始まった当初は毎日しかけを出すこと、靴を仕上げ屋に渡せるようにする事だけで既に一杯になっていた。
私が上がった靴を検品しながら仕上げに早く出せるよう、必死に箱に入れていると、決まって仕上げ屋の誰かが暇つぶしに話かけてくる。
仕上げ屋とは、簡単に言えば職人が作った靴を綺麗にして問屋に納品できる状態にする仕事。
これは仕上げ工程に限ったことではないが、手配師が色々な人たち(主に外人)にやらせているケースや、昔から個人で仕上げ専門にやっているところまで様々だ。
仕上げ工程は一般的に、一番実入りの悪い仕事と言われている。
安岡さんは個人でやっている(日本)人であった。
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「よう、どうだい?」
安岡さんは実入りが良くないとされる仕上げ屋だけど、ファッションはロカビリー調だった。(汗)
「オレのはどれ?この靴はいらない、オレはいつもこんなのばっかり。嫌だよ、簡単なのにしてくれよ」
箱入れしている私に、自分が持ち帰るロットの相談をしてくるのだが、それを決めるのは中国人女性の、ミャオさんの仕事。
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ミャオさんは基本的に、社長が言ったとおりに仕事しているだけのこと。
社長の考えは、外国人にやらせている手配師より、個人でやっている安岡さんのほうがモノが言いやすい。
つまり、「大事な仕事」をやってもらいたいということだ。
しかし安岡さんからすれば、簡単な仕事をやらせてくれないで、「面倒な仕事」ばかりをやらされていることになる。
私は言った。
「知らないよ、オレが決めることじゃないからね」
「勘弁してよ?。同じ工賃でなんでオレばっかり大変な仕事を引き受けなくちゃいけないんだよ、ミャオさんは普通じゃねえよ、あんな風にしかけ組む人間は初めてだよ、っていうかさ、靴を知らねえんだよ、そのくせ『キレイニシテ』とかなんとか言ってお持ち帰りだ、やり直しってそんなに簡単に出来ることじゃねえんだ。なんとか言ってよ」
ミャオさんは伝票を揃えるのが自分の仕事だと考えているのであり、その人間がどうやったら前向きに仕事をやるのかなんて、勿論考えていない。
社長に言われた仕事をしているのであり、それ以上のことは一切しない。
国民性なのか、ミャオさん独自の性格なのかは知らないが・・・
私は言った。
「ミャオさんも初めてだし、オレだって今まで単なるノリ塗り職人だったのは知ってるでしょう?オレがとやかく言える立場じゃないよ。大体、社長が指示してるんでしょう?安岡さんの方から教えてやればいいじゃん」
安岡さんは手をパタパタさせた。
「訊かね?よ!人のいうことなんざ。だから余計に頭に来るんだよ、いいかい、オレだって単なる業者だけどよ、一応人間なんだよ。黙って仕事やってればいいんですってな感じでモノ言われたんじゃ気分がよくないだろう?人間ってのはよ、気持ちひとつじゃねえのか?」
私は言った。
「気持ちは判るが、オレだって黙って仕事やるしかないから、黙って仕事やってるんだ。気分はよくないよ」
安岡さんは言った。
「あんたもよくやるよな?」
「仕方がないでしょう。とりあえず仕事があればね、クビよりはマシっていうかさ」
「だってよあんた、上であいつら、遊んでんだぞ。知ってんだろ?」
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遊んでいるのはこの2人。
右6:4パート(Mサイズ)
彼は殆どの時間、遊んではいない。
居眠りをしているのだ。
私は言った。
「仕方がないでしょう。オレが暇な時もあるし、彼らが忙しい時だってあるんじゃないの?」
安岡さんは言った。
「仕事ってのはな、そういうもんじゃないぞ」
私は手を止めて、言った。
「っていうか、だったら安岡さんも箱入れ手伝いなよ、自分で欲しいものがあったら自分で言いにいけばいいじゃない?ミャオさんに言ってダメなら社長にいいなよ。自分でなんとかしなよ」
安岡さんは、韓国人の職人が上げた靴を取って、言った。
「大体元が悪いよな、こんなにノリはみ出してよ、デスモ入ってるからポリシャエンじゃ取れねえんだよ、それに、これ吹きつけだから、剥げちまうんだよ、それに見てみろ、これ」
安岡さんは、私に出来の悪い靴を見せつけた。
「つり込み曲がってる靴は、仕上げじゃ直らねえよ・・・」
確かにそうだ。
でもとりあえず、私は仕事の邪魔をしないでもらいたいのである。
「上で文句言ってくれば?」
「なんとか言ってなんとかなるなら、何十回でも言うよ!」
私は言った。
「じゃあとりあえず何十回か言って来なさいよ」
言ってなんとかなる社会もあるが、なんともならない社会もある。
何時でも欲しい物が手に入るとは限らない。
何時でも欲しい物が手に入るとは限らない。
何時でも欲しい物が手に入るとは限らない。
何時でも欲しい物が手に入るとは限らない。
でも何回か
試していれば、手に入るかもしれないよ?!
ローリングストーンズ(無情の世界)より
レット・イット・ブリード
っていうか、私は確かに、そこまでは言わなかった。
言ってれば変ってただろうか?
つづく・・・
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