ちなみに工場内は禁煙ということになっている。
仕事中はトイレでたばこを吸うのが暗黙の了解だった。
タバコを吸わない職人にとってはトイレは落ち着ける空間ではなかった。
流れの工場で働くということは、時間をしっかり管理するということである。
私は今までこの手の仕事に就いた事はなかった。
実際にそこで働いてみるまではその意味がよく判っていなかった。
つまり、トイレに行きたければ、そのトイレに行っている時間の分だけ、流れにゆとりをつくっておかなくてはいけない。
これが普通に考え付くこと。
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関係なく気ままに仕事をしている人も中にはいるが・・・通常、それはケンカの元になる。
流れの工程は、どこかで遅れが生じると、それが全体に影響する。
つまり持ち場のある人間が休んでいると、仕事が間に合わないという理屈がある。
仕事は速く効率的に行うべきなのだが、早く終わってしまったらやることなくて、休まざるを得ないという状況もある。
休んでいる訳にもいかないので、仕事をしているふりをする。
流れの仕事というものの時間管理は、案外理不尽なものなのである。
私の持ち場は、ノリ塗りマシーン。
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これくらいはある大きな機械だ。
毎朝8時半、このマシンの電源を入れ、ノリ塗り刷毛のキャップを外し、スタンバイ。
チャイムと同時に、ラストをセット。
マシンがラストを飲み込んでいく。
マシンの中ではブラシグラインダーで起毛、その起毛した部位にノリを塗る工程が行われる。
人手だったら4?5人分の作業工程をこなしてくれるマシン、ということらしい。
私はこの機械がしっかり仕事をしているのを管理していればよい、はず。
しかし実際には、この機械はしっかりノリ塗りをしない。
つまり私はマシーンがノリを塗り残した部分の後始末要員ということだった。
これが私自身、スーパーノリ塗りマシーンと呼ばれるに至った所以である。
スーパー・N・マシン改
(自分で勝手にハンドルにしただけで、工場で呼ばれてた訳ではないが)
とはいえ私はあくまでも、このノリ塗りマシーンのサブ要員。
メインはオヤッサンだ。
オヤッサンとは社長の実親父。
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親しみを持って皆オヤッサンと呼ぶが、勿論本当に親しい訳ではない。(汗)
基本的に、オヤッサンはクラッシャーだった。
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基本的に何時に来るか判らず、何時に消えるかも判らない。
場合によっては来ない。
ノリ塗り機械は、オヤッサンにとっては楽しみである。
しかし、ノリ塗りに飽きたり、機械の具合が悪かったら、もう帰ってしまうのだ。
つまり、オヤッサンが来るか来ないかで私の持ち場は変わらざるを得ない。
ま、何かしら持ち場はある訳だが、それによって担当の人間が移動する訳で。
遊んでいる訳にはいかないし、早く仕事を終わらせてやることがなくなるのが辛い。
オヤッサンがいる間、一人で遊ばないために、仕事をゆっくりとやる。
若しくは、トイレにこもる。
トイレに行くと、皆タバコの順番待ちだ。
皆で遊んでいるのだ
10時半のチャイム。
10分間の休憩。
職人は寝転がったり、缶コーヒー飲んだり、中途半端にお喋りしながら過ごす。
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「おい、今日はこの調子じゃ、また9時過ぎるぞ」
「そうですか?」
「そうだよ、見てみろよおめえ、まだ全然底貼ってねえだろ?オヤジのノリがダメで貼れねえから、見てみな、みんな遊んでるじゃねえか」
「そのようですね・・・」
「こんなことやってるから儲からねえで、挙句に残業代カットだろ?やってられねえよ」
「そうですね・・・」
「おめえ、後は代われっていわれたか?」
「いや、今日はまだです」
「まだ帰らねえのかよ、参っちまうよな?自分の好きなときにやってきてよ、気が済んだら帰るんだからやってられねえよな」
「確かに」
「おめえも災難だな?」
「ま、仕方ないですよね?・・・」
「オヤッサンが帰ったらよ、おめえ全部ノリ塗りなおしだぞ」
「え!全部ですか!」
「あたりめえだろ!貼れねえんだからよ、あ、もう休憩終わりだよ、便所いかなきゃ!」
グチグチ話していると、休憩なんてのはあっという間だ。
オヤッサンはまさに段取り破壊王だった。
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しかしこのオヤッサンも、私の師匠ということである。
私は茶坊主というか・・・
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御付の係りだった訳で。
それでも私は結構可愛がられていたのだ。
理由はたぶん、素直に言う事を聞いていたというだけだ。
そんなこと出来る奴は他にはいなかったということで。
やっぱり私は偉かったということか。
既にすることが無くなった私は、アホらしくも仕事をしているふりをしていた。
オヤッサンに呼ばれる。
疲れてきたようだ。
「すげえだろ?!この機械はよ、おめえこの辺で職人がふらふら遊んでる間に、こいつらの何倍も仕事してくれるよ!おめえはこういう機械を使えるんだからよ、釣り込みなんか習う事ねえんだよ、みっちり機械の練習をしとけよ」
「は・・・・」
「最近の若けえもんの中じゃおめえは真面目だし、手先も器用だからよ、オレが帰った後も安心だよ」
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「リッキーとかパクとかにもやらせたけどこいつらはダメだ、理屈ばっかりで仕事が出来ねえ、根性がねえ」
今日はパクさんが休んでいる。
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「パクのやつ、休んでるだろ?腹痛いって連絡あったらしいんだけどよ、持ち場の責任ってもんがあるからよ、這ってでも出てこなければ、皆に迷惑がかかるじゃねえか、そういうことを考えてねえんだよ」
「はあ、そうですか・・・」
「その点、おめえは休んだ事ねえらしいじゃねえか、大したもんだよ!」
「はあ、そうですか・・・(汗)」
「じゃあ、オレはもう疲れたから帰るわ」
「おつかれさまです」
ここから、私の本領発揮?仕事だ。
オヤッサンがやり損ねて塗れてないものを全て大急ぎで塗りなおすのであった。
これも毎日残業になる理由の一つだった。
次回につづく・・・
続きに興味があったらぽち!ってことで。
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