長男が遊びから帰ってきて、妻にこう言ってるのが聞こえた。
「あのね、T君の服がね、壁に引っかかって動かないでって言ったのに動いたから破けてね、うちのせいだから弁償しろって言われた」
そんな話を聞いてしまったら、ちょっとクビをつっこまない訳にもいかない。
「で、おまえのせいだと思うのか」
「思わない」
「そうか・・・だったら、Tをここに連れて来い」
「来なかったら?」
「こられないようだったら謝れって言ってこい」
「いやだっていったら?」
「ぶん殴ってこい」
「・・・わかった」
長男は外に行った。
私は妻に、「ま、来るとは思わないけどね」と言った。
本当にT君が来たらどうしよう・・・なんて思いながら、いやいや、来るわけないじゃん、なんて気持ちを落ち着けて。
こう見えても私は気が弱い。
T君はうちの長男と違って、頭の回転のいい子だ。
たとえ小学校3年生だとしても、「来ましたが、何か?」
なんて言われたりしたら、理性的でいられる自信はないのだ。
しばらくして、長男は帰ってきた。
「あのね、家に帰るとちゅうだったの。それで、家に来てよっていったら、イヤだっていうの、それで、あやまってよっていったら、家に帰ってから電話するって」
ま、想像通りで一安心。
さらに長男に一言三言。
「いいか、Tとおまえはどっちがでかいんだ?そんなチビになめられてんじゃねえぞ。前にも教えただろう。プロレスラーがやってるみたいに、おでこをつけて、目を見て、俺に勝てると思ってんのか?って言ってみな」
長男は用心深いので、「勝てると思ってるって言われたら?」
と聞き返してきた。
「ぶん殴ってみろ」と私は言った。
「・・・・」
「いいかい、Tは軽々しく、弁償とか言ってるけどな、誰が金を出すと思ってるんだ?オレだぞ。ようするに、Tはオレにケンカを売ってるのと同じことなんだ。おまえが悪いのでなければ、オレの代わりにぶん殴ってくるんだ。」
「でも、泣いちゃうかもしれないよ」
「悪いことをしてるんだから、泣いて反省させてやるんだ。泣いて可愛そうだと思ったら、おまえの服をやれ」
「でも、あげる服はないよ」
「あげる服がないのに、T君にあげるんだ。優しくなければ出来ないだろう?だからあげるんだよ。」
「いらないっていったら?」
「ぶん殴れ。おれの大事な服をやるっていってるのにてめえは受け取れないってのはオレを馬鹿にしてるのかって言え。」
その後、T君から電話は、ない。
「もしかしたら、ボクも悪いかもしれない」
「そうか、そう思うなら、握手してきな」
「握手してくれなかったら?」
「ぶん殴れ」
最後に、「ぶん殴って先生に言いつけられたらどうする?」
「T君が言いつけるまえにお前が先生にT君を殴りましたっていうんだよ」
「でも、そうしたら怒られるよ」
「アホ、先生、ボクを怒ってくださいって言うんだよ。最初に謝って怒られるのと、言いつけられてから怒られるのはどっちが怒られるか考えてみな。」
長男は、私がT君をぶん殴れと言っただけで、たぶん大いに喜んでいる。
後は、自分でなんとか考えるでしょう。
本当にぶん殴ってきても困るんだが・・・ま、ぶん殴ってこないと思う。
いや、ぶん殴ってこないことを祈る。